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稲庭うどん

  • 稲庭うどん     2006年01月08日


  • 2006年01月08日

    稲庭うどん

    少し趣向を変えまして、今回は稲庭うどん。

    稲庭うどんというのは、秋田県のうどん。
    一言で言ってしまうとそうなるが、他の地域特産のうどん達とはその歴史はだいぶ異なる。
    他地区のうどんは農民の普段の食として発展してきたパターンが多い。
    それに対し稲庭うどんというのは、江戸時代に佐藤市兵衛と言う人が製法を確立し、以後藩主や将軍家への献上品として佐藤家(後の稲庭家)において一子相伝で製造されてきた。明治時代に入ってからも皇室へ納められるなど、一般庶民は地元の人間でさえ、まず口にできるものではなかったとのこと。製法の断絶を恐れて分家の佐藤養助家に製法が伝授されたが、本家も分家も家内工業でわずかな量を生産するのみで、簡単に口にできるものではない状況は昭和に入っても続き、近年まで幻のうどんであった。

    一般人がようやく稲庭うどんを口にすることが出来るようになったのは、7代目佐藤養助が昭和40年代後半に製法の公開および工業的な生産(とはいえ手作業)を行って以降のことだという。現在では稲庭うどんの製麺業者も増えているが、本家の稲庭吉左衛門は家内工業を頑なに守り、今でも一般にはほとんど出回らない幻のうどんとなっている。

    そういう歴史を持つ稲庭うどんは素麺と同様の製法、つまり手延べの乾麺だ。これも一般的なうどんとは異なる。太さも素麺よりはずっと太いが、うどんとしてはかなり細麺だ。
    現在、稲庭吉左衛門のうどんを食べられる店は秋田にもほとんど無く、知られているのはダムの茶屋という山中の一軒のみ、佐藤養助は直営店も県内に何軒かあるので比較的容易に食べることができる。

    そして自分は秋田に行って本場の稲庭うどんを食べたいのだが、いかんせん遠い。そうこうしているうちに冬になり記録的な豪雪。雪が解けたのち、今年こそ時間を作って行きたいとたくらむ(乳頭温泉とか行きたいし)

    で、今回は東京で稲庭うどんを食べられる店を紹介しようと思ったのだが、ここまで書いて眠くなってしまったので、それはまた次回以降にやろうと思います。すんません。

    最後に、秋田美人を嫁に持つ仙台在住の友人が、秋田の佐藤養助の店でうどんを食べた時の写真をもらっていたので(勝手に)載せときます(コメント付き)。

    060108satoyosuke.jpg

    >味比べを食べました。せいろ、うまかったです
    >かけは普通でした
    >よ

    060108satoyosuke-2.jpg

    >まず、せいろが来ました。自宅でのゆで上がりと艶が全然ちがい見るからにうまそうでした。実際うまかったです。

    060108satoyosuke-3.jpg

    >しばらくしてかけが来ました 普通
    >稲庭うどんは自宅でゆでても十分うまいよ

    とのことです。
    ではまた。